「ヒナの和酒」新連載特別企画 原作・城アラキ、日本酒監修・千葉麻里絵スペシャル対談!
2024/04/11
漫画「ソムリエ」「バーテンダー」をはじめ、お酒にまつわる漫画で数々のヒット作を生み出した、漫画原作家・城アラキ先生が、満を持して「日本酒」をテーマに執筆。そして日本酒業界を牽引する、西麻布 EUREKA! オーナー・千葉麻里絵さんを監修に迎え、Comic cureaより「ヒナの和酒」(作画・よねまる)がリリース!新連載のスタートを記念して、城先生が最先端の日本酒事情について千葉さんに聞いてみました!
城アラキ(以下・城):本作はストーリーにからむ日本酒を毎回一本ずつ紹介していくのが
作品のテーマになっています。今回は、その酒を選ぶ基準として…
千葉さんが監修者として「これは自信をもってすすめられる」銘柄を
紹介しながら最新事情をご教授ください。
とは言いましてもまずは、基本のテイスティングの仕方を教えていただけますか?
千葉麻里絵(以下・千葉):まずは色を見ます。そこで熟成具合を確かめます。
透明だったらフレッシュ。1~2年経つと黄色くなってきます。
グラスを回して粘度を見て、とろみがあると糖分が高いのかなとか
なければスッキリしてるのかなって。
城:ワインで言うスワリングですね。
千葉:次に香りを確認します。そして含み香。口に入れて口全体で味わいをチェックします。
でも、たまにマニアの方で空気を含ませてズルズルすする方がいるんです。
テイスティングにはいいんですけど、人がいるお店ではやらない方がいいですね。
私も昔先輩に叱られました(笑)。
で、最後にのど。ここで切れとか、のど越しとか、押し味(切れに対しての余韻)を感じます。
城:ワインと概ね同じ感覚ですかね。
千葉:そうですね。
ただワインに比べて日本酒は味わいがとても繊細なので、鼻は特に気にします。
日本酒って味わいのうち香りが8割、2割が味で構成されていると言われてます。
ワインだとタンニンがあって味が強いのですが、日本酒にはない。
だから鼻をつまむとほぼ水になるくらい。だから香りをとる力が重要なのです。
城:それは新しい発見ですね。味わい方を熟知したうえで、早速、オススメ銘柄をお願いします。
千葉:先日、行ってきたばかりなので、まず1本目は福島・会津坂下の“天明”でしょうか。
杜氏さんはまだ40歳くらいの若手の方です。醪を入れた酒袋を何層にも重ねて
上から圧をかける槽しぼりの製法で造られていて酒質も綺麗だし柔らかい。
城:その蔵ならではのこだわりのある銘柄は?
千葉:一番代表的なのは新政の生酛の木桶造りではないでしょうか。
城:新政はなかなか手に入らないんですよ。
だからこそ、漫画のネタとしては外せないよな~。やっぱり今、一番入手困難なのですか?
千葉:十四代も相変わらずですけど、新政は彗星のごとく現れたって感じでしょうか。
城:なるほどね。
千葉:余談ですが、新政を語るうえで酵母の話は外せないんですけど
酵母って7号とか9号酵母とかいろいろあって、それって最初、蔵で見つかる。
それを技術センターや協会が培養して、全国に頒布する流れなのです。
新政は酵母の話でいくと6号酵母発祥の蔵なのです。
ちなみに7号は長野県の真澄で9号が熊本の香露。
新政っていうのは6号酵母だけを使ってるのです。
城:酵母がすごいってことなんですか?
千葉:もちろんですが、それだけではなくて製法のこだわりもすごい。
今、生酛っていう製法を若手の30代、40代の杜氏の方が再現したりとか
伝統製法の木桶仕込みをやるようになったのは完全に新政酒造代表の佐藤祐輔さんの影響です。
それまではやっぱり生酛って素晴らしい技術ですけども、
時間と手間のかかる大変な作業なのです。その意味でもあえて最先端なのです。
城:あえてクラシカルな製法を?上品なリキュールみたいな味わいですけど本当に生酛?
千葉:そうなんですよ。生酛ってもともと重い酒のイメージと思われがちですけど
こうして綺麗に造ることもできるのです。しかも熟成にも耐えられる強さ。
有名なシャンパーニュやワインに通用するくらいの手法が生酛なんですよね。
城:しかも木桶を使ってね。ワインの樽熟成みたいな感じでしょうか?
千葉:呼吸しているという意味では、そうかもしれません。
但し、今は木桶が手に入りづらくなりました。桶づくりの後継者不足ですね。
昔は醤油やお味噌やお酢屋さんに酒造りをして古くなった木桶を回す流れがあったんですけど
今ではステンレスやホーロータンクが主流になってしまった。
木桶だと温度管理や手入れとかも大変で廃れてしまったんですね。
ただやっぱり木桶だと何がすごいかってステンレスにはない木の中に眠ってる微生物が溜まっていたり
木が呼吸するので外気と触れて人間の手では表現できない味わいが生まれるんですよ。
城:木桶不足は大問題ですね。
千葉:だから今、香川県の小豆島で“木桶職人復活プロジェクト”という復興計画に取り組んでます。
城:そうか!醤油が有名ですものね。
千葉:小豆島のヤマロク醤油さんが代表で、日本酒の蔵だと新政さんや剣菱さんたちと一緒に
私も1月の末くらいに行ってきました。そこで木桶をみんなで作るんです。
本当は現代の技術や道具でも超美味しいお酒は造れるのでしょうけど
このまま廃れさせたくないし、あえて江戸時代の酒造りに戻って
先人の知恵や素晴らしさを調べ尽くしたいんです。
城:探求心のかたまりですね。
千葉:そこが大切で、ただのオールドスタイルとしてのファッションじゃなくて
口で語るのは簡単だけど、ちゃんと実践して今の時代に残していこうと。
そうすれば未来を担う若手も木桶と生酛をやってみたいなっていう憧れになるじゃないですか。
そんな活動も新政の強味で、木桶と生酛6号の自社酵母を使って秋田県以外の米は使わない。
どんどん縛りを入れて今は秋田市内で田んぼまで作ってる。
城:味だけで言うと超美味しいよね!で終わるんだけど、
先頭に立って実践していることがすごいですね。
千葉:それをすごい!って思わせないところも、私からしたらすごいです(笑)
城:では、次のお酒は?
千葉:広島県の安芸津にある富久長ですかね。
代表の今田さんは今一番注目されている女性杜氏です。その中でも“海風土”をオススメします。
白麹を使ったお酒で、土地柄、瀬戸内海に面しているので生牡蠣との相性がばっちりです。
城:女性の杜氏さんと聞いて、思い込みかもしれないけど優しい味わいで繊細ですね。
千葉:私も出演させていただいたのですが
ドキュメンタリー映画「カンパイ!日本酒に恋した女たち」に今田さんも出演されたんです。
つい先日も広島に行って会ってきましたよ。
そんな仲なので親しみを込めてですが、昔は少しお酒に化粧している感じでした。
でもここ3、4年でかなりシンプルになってすごくレベルが上がりましたね。
城:直球ですね。
千葉:最大の特徴はお米。ここでしか使われていない八反草という米で
表現が難しいのですがとてもやんちゃです。
例えると、今のトマトって甘みがあって食べやすいじゃないですか。
でも昔は青臭くてすっぱくて、でも生命力に溢れているって感じですかね。
八反草の米もしかりで苦味が出るのですが、あえて昔は香りで隠してたんですよ。
でも今ではその苦味も活かしてます。
城:すっぴん勝負なんですね!今田さんはどんな経歴で杜氏に?
千葉:東京で落語研究をされていたそうなんですが、
お酒を造りたいと思って実家の蔵元を継いだそうです。
2020年には英国のBBCで「今年の女性100人」に日本人で唯一選ばれたんですよ。
城:すごい!余談ですが、女性といえば、外国人の方もいらっしゃいましたよね?
千葉:京都の酒蔵のフィリップ・ハーパーさんでイギリス人ですね。
“玉川”という酒の“アイスブレーカー”という酒を造りました。
氷を入れて飲む夏酒というイメージで涼し気なペンギンのラベルです。
城:若い杜氏の方っていらっしゃいますか?
千葉:新潟は佐渡の天領盃酒造で“雅楽代”を造ってる加登仙一さんですかね。
経歴も面白くって、おそらく史上最年少の蔵元で2018年に24歳で事業を始めたそうです。
スイスに留学されていたそうで、外国人たちと故郷の酒の話をしてたら
日本酒のことを知らなくて恥をかいたらしいのですね。
で、帰国して調べたら、日本酒は日本だと新規で免許が取れなくてすぐ壁に当たったそうです。
ならばと、経営を勉強するために証券会社に就職して廃業しそうな酒蔵を買収しようと…
城:M&Aですか。
千葉:そうです。でも、銀行に融資のお願いに回ったら若すぎてことごとく断られて
ようやく一行だけ見つかったそうなんです。
城:根気ありますね。天領盃酒造って今では有名ですがお味は?
千葉:今6年目ですかね。はじめは史上最年少っていう話題先行で有名になりましたけど
味はまだついてきてないなって思いました。でも、去年くらいからすごく良くなっていて
いいお酒だなと思っていますお酒造りに根気は大事な資質ですよ。今は応援しています。
城:最近ネーミングも面白いですよね。そんなところからもお勧めがあれば。
千葉:“おんな泣かせ”とか、“くどき上手”とか香りがあって美味しいですが
新しいところだと三井の寿の“コチレネ(てんとう虫)”や、仙禽には“雪だるま”や
“線香花火”があってラベルもポップでかわいいです。
城:この“雪だるま”、ガス感がすっきりして美味しいですね。
千葉:他にも仙禽の“かぶとむし”は、夏場に飲むようにリンゴ酸高生産酵母を使って
意図的に酸を出す手法で昔はこの酵母を単独で使うことはなかった。
そもそも五味(甘味、塩味、苦味、酸味、旨味)の中で日本酒では
苦味や酸味はNGとされていたんです。苦味は毒気、酸味は腐敗に感じたり。
それが今では食卓が変わってきて醤油、塩、味噌の調味料だった時代から
普通にマヨネーズとかドレッシング、それと油があったりソースがあったりで
絶対酸味が必要だよねってなってきて、酸味の先駆けとして出てきたのが仙禽なんですよ。
城:なるほどね~それは面白い。でも昔はもっと酸っぱかったような。
千葉:昔はラベルに甘酸っぱいお酒って表記されていて、確かに酸っぱかった。
でも今は酸を調整して造っていますね。
専務の薄井一樹さんは元ソムリエで弟と兄弟で造っています。
城:ソムリエ!それなら酸味の見立てには詳しいですよね。
千葉:酸味の話でいうと、先の富久長さんの“海風土”に戻りますが、白麹を使っているんです。
焼酎で使う麹。それを使うとクエン酸が出てレモン風味になります。
城:だから牡蠣に合うのか~
千葉:牡蠣にはレモンを搾りますよね。それを日本酒で代用するイメージです。
そういうペアリングも新しい飲み方で、料理と酒が寄り添う時代から
料理とお酒が口の中で一体となって完成する口内調味という飲み方を私は推奨しています。
城:燗とか冷とか、飲み方の指定ってあるんですか?
千葉:昔は指定がありました。
冷酒がいいとか、燗にしてくれとか、生酒は燗にしないでくれとか。
今は逆になくなって、自由に楽しむように蔵元も言いますね。
お酒主体からペアリングの時代に移ってきたと実感しています。
手軽にできるのは濁り酒と山椒。先ほど香りが8割と言いましたが
山椒って柑橘系の香りがするんですよ。みかんの皮の陳皮と同じような香り成分が入っています。
注意するのは日本の山椒を使うこと。海外のものは痺れになってしまいます。
城:確かにスッキリして飲みやすい。
山椒って便利ですよね。最近はジンでも使われていますから。
面白いので、もう一つくらいありますか?
千葉:コーヒー氷。
豆はこだわってもいいし、コンビニのでも浅煎りから中煎りのブラックを
製氷機で凍らせて好きなお酒に入れるだけです。
濁り酒だとカフェラテみたいになります。
貴醸酒(※水の代わりに酒で仕込んだ酒)に入れると甘いコーヒーになるし
辛口の酒ならスッキリストレートのコーヒーみたいになります。
酒90mlに対して1個が目安。残ったらまた別のお酒を入れても美味しい。
安いお酒でも見違えります。
城:どういう発想でイメージしたのですか?
千葉:日本酒は甘いっていう前提で考えたきに、コーヒー豆も発酵されているし
酸味もあるから苦味と米の甘味のバランスがいいだろうなと。
城:ところで、あえてNGだと思う飲み方は?
千葉:強いて言うならフルーティーな大吟醸のお燗。
鑑評会出品酒系は香りがモワっとしちゃうので、冷たくして飲んだ方が美味しいですね。
城:千葉さんのお店はペアリングで有名だけど、これは鉄板という組み合わせは?
千葉:うちだと定番のハムカツに濁酒。
これは提唱し続けて世間にだいぶ浸透してきましたね。
城:どういう根拠なのですかね。理由付けとか何かあるのでしょう?
千葉:濁酒をソース代わりにして口内調味を体験的に
わかりやすくしたいっていうのが一番にありました。
それにハムカツの塩分とその濁酒が持っている米の甘みの相性はいいです。
あと濁酒にはガス感があるので、ハムカツの油を切ってあげる意味もあります。
城:ちなみにオススメの濁酒は?
千葉:一つあげるなら、岩手の民宿とおのさんの“どぶろく”ですかね。
城:果物との相性は?
千葉:桃とかイチジクとか、酸のあるお酒に合わせるのはトレンドですね。
今だと金柑やいちごかな。フルーツは無限に合わせられると思います。
すいかを少しくりぬいて、そこに注いでもフルーツポンチみたいで面白いですね。
城:もはやシャンパーニュですね。それならチーズには?
千葉:チーズにはワインとのイメージが多いですけど、日本酒とも非常に相性が良いです。
ワインとの合わせ方と絶対的な違いはワインだとウォッシュ。
チーズのアミノ酸を洗う役割なのですけど日本酒だと日本酒が持っている旨味を
チーズの旨味に重ねてさらに旨味を増強させてあげるっていう役割になります。
城:最後に、あえてチーズに合わせる銘柄を上げていただくと?
千葉:美吉野酒造の“花巴”ですかね。甘味と酸味のコントラストがクセになるお酒です。
その中でも水酛がオススメです。
城:確か奈良の蔵元ですよね。
所説ありますが、日本酒発祥といわれる奈良のお酒が出たのはよかったです。
いくつのお酒が作品に反映されるかわかりませんが、本日は貴重なお話ありがとうございました。
城アラキ
漫画原作者。代表作に「ソムリエ」「バーテンダー」(この春、アニメ版が放送)他
近著に「FAKE -京都・髑髏町・質屋控-」「マッスルガール」の原作漫画を配信。
また、書籍「負けない筋トレ」「バーテンダーの流儀」など多岐にわたり活躍。
千葉麻里絵 X Instagram
日本酒ソムリエ、第14代酒サムライ、西麻布EUREKA!オーナー。
岩手県出身。日本酒に魅了され、日本全国の酒蔵や酒販店を訪ねるうちに専門知識を
習得し口内調味やペアリングというキーワードで新しい日本酒体験を提案する。
様々な料理人や専門家ともコラボレーションし、新しい日本酒のスタイルを日々模索中。
国内外の日本酒ファンを魅了し続けている。
『ヒナの和酒』作品ページはこちら